管理人の部屋
管理人の部屋
2009年07月17日(金)
村上春樹さんの『1Q84』に青梅市・二俣尾」が登場!

村上春樹『1Q84』

村上春樹さんの新作『1Q84』は、お読みになられましたか?
もの凄い勢いで売れてます。

今回の作品中に「青梅市・二俣尾」が登場しています!!!

これだけで大興奮!!!

ぜひ一読をおすすめします!!!

村上作品は、海外でも翻訳され、
ベストセラーになっているので
当然、『1Q84』も翻訳されます。
すると「青梅市・二俣尾」の名が
世界各国にとどろくことになるわけで
とても嬉しくなってきますねぇ。

この作品を読んで「青梅に行ってみようかな」と思い浮かんだ
村上春樹マニアの旅行者(日本人&外国人)に備えて、
青梅市として何か準備できないだろうか?
そんなことが頭をよぎります。

→青梅市観光協会の方々、このトピを読んでいましたら何か対策を!?

『1Q84』book1、p208より抜粋
 二人が降りたのは「
二俣尾(ふたまたお)」という駅だった。駅の名前には聞き覚えがなかった。ずいぶん奇妙な名前だ。小さな古い木造の駅で、二人のほかに五人ほどの客がそこで降りた。乗り込む人はいなかった。人々は空気のきれいな山道を歩くために二俣尾までやってくる。『ラ・マンチャの男』の公演や、ワイルドさが評判のディスコテックや、アストン・マーチンのショールームや、オマール海老のグラタンで有名なフレンチ・レストランを目当てに二俣尾に来る人はまずいない。そこで降りる人々の格好を見ればその程度の検討はつく。
 駅前には店とは呼べるほどのものはなく、人気もなかったが、それでもタクシーが一台だけ停まっていた。おそらく電車の到着時間にあわせてやってくるのだろう。ふかえりはその窓を小さくノックした。ドアが開き、彼女は中に入った。そして天吾にも乗るように手招きした。ドアが閉まり、ふかえりは運転手に短く行き先の指示を与え、運転手は肯いた。



2009年06月30日(火)

C・ロナウドとカカがレアル・マドリーへ
サンチャゴ・ベルナベウ・スタジアム(inマドリード) 2006年12月撮影
ベンチに座りました。 トヨタカップ

マンチェスター・UからC・ロナウド
ACミランからカカが、
歴史上最高クラスの金額でレアル・マドリーへ移籍。

個人的には、育成組織から選手をトップチームへ送り出すバルセロナのチーム作りの方が、圧倒的に好きなのですが、

C・ロナウドとカカが一緒にプレーするとなると話が違ってきますね〜。

今年のリーガ・エスパニョーラからは眼が離せません。

また、スペインに行っちゃおうかな〜。




2009年03月03日(水)
「青梅マラソンコースを歩く会」に参加
古里小学校からスタート 青梅マラソンの折り返し地点を
過ぎたあたり
青梅の商店街
サッカー協会会長の後姿

先々週に、青梅マラソンを走ったばかりですが
体育協会の方々(実質はサッカー協会)に誘われたので
参加することにしました。

古里小学校から青梅総合体育館までの17キロの道のり。

今年でなんと29回目の開催ということで
青梅に33年住んでいるわたくしですが、
参加したことのないイベントが、
まだまだ青梅にはあるのだなと思いました。



2009年02月25日(水)

松本清張「熱い絹(上・下)」
ジム・トンプソンの家 各国の旅行者がツアーを待つ
2007年11月25日撮影
in タイ・バンコク

松本清張を読むのは初めて。
この本を手にしたキッカケは、タイ・バンコク旅行です。

ガイドブックの誘導どおり
タイのシルク王・ジムトンプソンの家を見学。
初めて耳にする名前でした。

ガイドの案内にしたがって見学する形式で
一時間ごとにツアーがスタートする。
ここを訪れる日本人観光客は非常に多い。
しばらくすると僕を含む日本人15人くらいが集まりました。
タイ人の女性ガイドの流暢な日本語でツアーがスタート。

タイのシルク王・ジムトンプソンについて簡単に説明すると、
第二次大戦で、アメリカからタイへと渡る。
終戦後にタイ・シルクのビジネスを始めて大成功を収める。
カンボジアのクメール美術品の収集を趣味とした。
そんな最中、マレーシアの避暑地にて
1967年3月26日に失踪。その後の行方は未だにわからないという。

大富豪が謎の失踪ということで、非常に気になりまして
帰国してから調べてみると
ジムトンプソンは、CIA(前身OSS)の極東諜報員のトップであったという。

ベトナム戦争の最中に謎の失踪。
共産党による拉致、現住民族による殺害、タイ政府の陰謀など、様々な角度から捜査が行われたが、何の手がかりも見出せず、血痕もなければ死体もなく、生死すらわからない状態で事件は迷宮入りした。

この迷宮入り事件に対して、一つの解決を提示しているのが
松本清張の「熱い絹」です。

JFK暗殺に関する資料があと数十年で公開されますが
それと同じように、ジムトンプソン失踪事件についての資料もぜひ公開して欲しいです。 →CIAさん。



2009年02月14日(水)
日本vsオーストラリア戦
久々に「君が代」を歌いました。 中村俊と遠藤。
チャンスは結構あったのだが…。0-0のドロー

ワールドカップ予選in横浜国際競技場に行ってきました。



2009年02月04日(水)
『ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト』を鑑賞。


思い出すこと、中学生の遠足のバスの中。
誰か生徒が、お気に入りの曲をかけたのでしょう。
何の曲かは分かりませんでしたが、リスニングしていると...。

「それよ〜りあこがれのロックスター、台詞にいつもしびれてた。ジジィになる前に死んでやる」
という歌詞が耳に聞こえてきました。

非常に違和感を覚えたのを鮮明に覚えています。

その場で、国語の先生に誰の曲かを聞いてみると、
ハウンドドック『15の好奇心』という曲でした。
(その時、僕もまさに15歳)

あるロックスターが、ジジィになる前に死んでやる・・・。
と述べている・・・。

ということは、若いうちは売れていて、ロック・スターでいられるけれども、
年をとったら売れなくなって、廃れていって、ロック・スターではいられなくなる。
だから若くて一番いい時に死んでしまった方が良い、ということなのかよ!
いや、「『若い今が一番いいときだ』と自分で自分を見限っているところ」
が、そもそもスターではない!!!ばかけているぜっ!!!

と、思ったのでした。

そんな思いを引きずりながら、
先日、「ザ・ローリング・ストーンズ シャイン・ア・ライト」(ライブ映画)
を見てみると・・・。

60歳を過ぎたストーンズだが、なんだこのライブ・パフォーマンスは!!!
かっこいい。かっこよすぎるぜ。

その後、若かりし頃のローリング・ストーンズのVTRを見てみましたが
今の方が圧倒的にかっこいい。

ビートルズと同じ年にデビューした当時も、もちろんロックスターでしたが、
ジジィになった今は、超スーパー・ロック・スターですね。

小学生の頃になるほどな!と思ったのが
「朝は四本足。昼は二本足。夕方は三本足の生き物とは?」という問い。
答えは「人間」(「人間」を「超人」に替えれば『キン肉マン』)。

その人間が評価されるのは、
(不慮の事故を除いては)、
幼少期(四本足)、青年期・中年期(二本足)、高齢期(三本足(杖を使う))を経たトータルでの活躍であって、
一時の光り輝く時期だけではない。

ジミー・ヘンドリクス、ジャニス・ジョプリン、シド・ヴィシャス、カート・コバーンといったロック・スターは、一番輝いていた時に亡くなった。
そのことで伝説となったかもしれない。

数多くのロック・スターが生まれては消えていった。
バンドなら仲間割れ、ドラッグでリタイア、売れなくなって消えていく。
あのビートルズでさえも今は存在しない。

そんな中、一度も解散することなく一貫して高いパフォーマンスを続けているのが
ローリング・ストーンズ。
まさに真のロック・スターですね。




2008年12月04日(木)
東京タワーを観た。
東京タワー
(携帯カメラでは表現できない美しさ)
夜の芝公園内を散策

昨日のこと。
「制御系・統計解析ソフト」のセミナー・展示会の帰り。

プリンスパークタワーを抜け出て、ふと振り返ると
「東京タワー」がヒトキワ輝いていました。

思わず携帯のカメラでパシャ!!!

塔(タワー)と言ったら、
パリのエッフェル塔とか、
ニューヨークのエンパイヤ・ステートが印象的だったけれども

いやいやどうして、「東京タワー」って凄いじゃん!!!

浜松町経由で営業に行くときなど、
見慣れていて、自分の視界には入っていませんでしたが
こうしてあらためて見直すと、いいですねぇ。

「普段見慣れていて当たり前と認識していたものから、再び美しさや良さを見出すこと」

常に心に留めておこうと再認識しました。




2008年12月02日(火)
「あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン」
ジャーディン・マセソン商会跡地 2006年9月16日撮影(in香港)
フリーメイソン・グランドロッジ内
2006年5月4日撮影inロンドン

青梅の中央図書館で、ふと目に留まったので読んでみました。

小学生の頃、ビデオで繰り返し見ていたのが、
年末時代劇スペシャル「白虎隊」でした。会津軍と薩長軍の戦いですね。

そんな中、一つ疑問だったのが、
「何で薩長軍は圧倒的な軍事兵器を持っているのか?」
ということでした。
子どもながらに
「薩長軍には、技術者が沢山いて、みんなで大砲や銃を生産しているのかな」
と、想像していました。

後に知ったのですが、薩長軍は武器を輸入していたのですね。
(当然といえば当然)
ジェーディン・マセソン商会のトーマス・グラバーを仲介して。

グラバーの凄いところは、
薩長軍からも、徳川幕府からも、武器の注文を受けているところ。
勉強したての簿記2級的に言うならば、薩長軍と徳川幕府に対して
(借)売掛金 (貸)未着品売上
(借)仕入  (貸)未着品
です(笑)

そして日本国内の情勢を見計らい、倒幕派の流れが強まるやいなや
薩長軍に大砲や銃の軍事兵器を引き渡す。
一方、徳川幕府への受渡しは延期。
これで、情勢は決しました。
(これが逆だったら徳川幕府の圧勝でした)

その後、売掛金の回収は、各藩の債務不履行によって貸倒損失に。
(借)貸倒損失 (貸)売掛金 です(笑)。
グラバー商会は倒産しましたが、元々債務不履行を承知だったのだと思います。
グラバーは、岩崎弥太郎が創設した三菱グループの顧問へ就任しました。

長崎のグラバー邸の近くに、坂本竜馬が創設した亀山社中(のちの海援隊)があり、
ロスチャイルドと姻戚関係を結んだサスーンの香港上海銀行もありと
グラバーの動きは、幕末を語る上で外せないと思います。

それなのに、坂本竜馬に関するちまたの本やテレビ、映画のたぐいに、
グラバーが全く出てこないのが不思議でなりません。

この本の題名が
「あやつられた龍馬―明治維新と英国諜報部、そしてフリーメーソン」
というのも、ちょっともったいないです。商売上ショウガナイですが…。

内容はかなり充実しているのに、
"あやつられた"、"英国諜報部"というキーワードに加えて
"フリーメーソン"と名が付くと、何となく胡散臭くなってしまうのが不思議なところ。




2008年11月27日(木)

人的ネットワークの構築(社会学用語っぽい(笑))

最近、青梅市サッカー協会の方々と飲む機会が多く、話を聞いている中で
青梅市サッカーの歴史や全体像が、なんとなく見えてきました。

と、その中で一つ驚いたことがあります。

「青梅市において、小・中学校時代にサッカーをしていた人たちの間に、ネットワークが形成されていること」です。

簡単に言うと、学校は違えども、お互いに顔見知りであるということ。
「各学校の顧問の先生たち」と「生徒たち」も顔見知り。
一学校内だけの先生と生徒の関係に限定されていない。
一つの大きなネットワークが形成されている感じです。

青梅に限らず、西多摩の中学校のサッカー部の間では、
上手い子が呼び集められて、選抜チームが作られるそうです。
学校という枠組みを越えて、合同練習・試合が行われています。

※それをまとめていたのが、当時・霞台中で僕が習っていた国語のI先生というのだから、驚き。(あの色の黒さと足の太さに今、納得)

僕は、サッカーとはまるで無縁の小・中・高校時代を過ごしてきましたが
各段階で、サッカー部に入っていた友人の名前を挙げると、
「ああY内は、昔、一緒にやったことあるよ」
などなど、みんなお互いに顔見知りなんですよね。

こういうネットワークが形成されていることは非常に大切で、人生のあらゆる場面で効いてきます。

例えば、老後になってもサッカー仲間のネットワークがあれば
ニュースで耳にする「お年寄りの孤独死」なんてのはありえないはずで
サッカーをネタに、いろいろとコミュニケーションが取れるわけですよね。(ホンの1例です)
広い意味でのセーフティ・ネットの役割を果たします。

個人的な経験で思うことを言うと、
@少年野球。あの当時の他チームの選手のことは誰も知らない。(何人かは知ってます!)
青梅選抜チームがあれば、僕も選ばれて、他のチームの選手と練習して、刺激を受けて、他チームのコーチから指導を受けて、もっと上手くなっていたかも(笑)。ネットワークも広がる!

A中学校の卓球。あの当時の他チームの選手のことは誰も知らない。(何人かは知ってます!)
「西多摩地区の各大会でベスト8以上になった選手が集められて、夏休みの1週間くらい、集中的に合同練習をする仕組み」があったら、もっと上手くなっていたかも(笑)。ネットワークも広がる!

小さい頃から、学校の教室という枠を飛び越えて、他の学校の生徒たち、先生、世代を超えたネットワークを作ることができる環境を用意すること。

こうした仕組みが自治体に必要だと思う。
(個人的に、いろいろとアイデアはある。)




2008年09月12日(金)

マラソン申込み

立て続けに、マラソン申し込みました。

・みたけ山山岳マラソン15km(2008/12/14)
・青梅マラソン30km(2009/02/15)
・東京マラソン42.195km(2009/03/22)※抽選次第
・青梅高水山トレイル・ラン30km(2009/04/06)

みたけ山、青梅マラソン、高水山は、毎年走っていまして、
またいつものシーズンが来たなという感じです(笑)

今年も、東京マラソンに申し込みました。
抽選に当たればいいな〜。




2008年09月08日(月)
プレゼンテーション賞を受賞!!!

先月、某場所で論文発表をいたしまして、その審査結果が届きました!!!

なんと、プレゼンテーション賞を受賞!!!

「講演のしゃべり」と「資料の作り方」が評価されたみたいです。

これで自他ともに「プレゼンの鬼」と言えるかな(笑)

データマイニングの世界では一番権威のある場所で、賞がとれて何よりです。

小学校・中学校では野球と卓球とで、毎週のように表彰を受けていたのですが(←自慢)

振り返ってみれば、大人になってからというもの
(いや高校生になってからだ)
何かの公的な大会orコンテストで賞をいただくという機会がなかったので、
今回は素直に嬉しいですね〜。

さて次行ってみよう〜!!!




2008年7月10日(木)
ガリア戦記を読む
カエサルが暗殺された
フォロ・ロマーノ
カエサルが暗殺され、
火をつけられて灰となった場所
2007年9月30日
ローマにて撮影

『サイは投げられた。』
『ブルータス、お前もか』
などの名言!?
で有名なカエサルの著書です。
ローマ共和国の防衛のため、蛮族を統治するべくガリアでの記録を綴った内容。

『ローマ人の物語』(塩野七生)で名文と絶賛されていたので、読んでみました。
さすが岩波文庫だけあって非常に読みづらいです。
おそらく原文(ラテン語)が名文なのでしょう。

この本を読んでいて、つくづく感じたのは、

「カエサルは、ある日突然、ローマの皇帝※に躍り出たのではない」ということです。
(当たり前だ)
(※実際はその一歩手前)

ガリア地方において、ローマ兵をどのように配置して敵を撃破するか。
兵糧の確保の手配。
軍の行路の開拓。
会戦後の敵との交渉。
統治の方法の徹底。
などなど

綿密な計画を立てて指示を出し、小さな成果を積み重ねていった結果として、
腐敗したローマ共和制を改革し、ローマ帝国を打ち立てるという
政治制度の壮大な大転換を実現していったわけですね。

壮大な計画を念頭に置きつつ、いま目の前にある課題を確実にこなしていくこと。

これに尽きると思いました。




2008年7月2日(水)

山本有三の家に行く
三鷹市にある山本有三記念館 路傍の石!?・・・岩でしょ
山本有三の家。豪邸。
玄関前に「路傍の石(岩)」
が置いてある。

『道』という映画で、サンパノがヒロインのジェルソミーナに向かって
「世の中に意味の無いモノなんてない。そこにある小石だって、存在する意味があるんだ」
というセリフがあります。

「路傍の石」といったら、中学校の国語で必ず覚えさせられる本。
映画『道』と同様、道端に落ちている小さな小石を想像していました。
しかし、山本有三記念館に行ってみたところ、路傍の石ならぬ「路傍の岩」と言えるような馬鹿デカイ石でした。イメージ丸つぶれ・・・。

さて物語の内容ですが、例えるなら
「『冬のソナタ』が北朝鮮軍のソウル進入によって終了」
みたいな感じで、思わぬ展開で終ってしまいます。

時代背景があるんですね・・・。

そして印象的なのが、山本有三の文章。
今まで、数々の日本文学を読んできましたが、
山本有三が最も文章の上手い作家であると思いました。

川端康成や太宰治あたりが上手いなーと思っていましたが、それ以上です。

注意を凝らして読まないと誤読してしまう箇所が一つもありません。突っかかる文章が一つもないんです。
賞味500ページくらいありますが、あっという間に読み終えてしまいました。

流れるような日本語とは、まさに山本有三でしょう!!!




2008年6月30日(月)

ユーロ2008はスペインの優勝、F・トーレスがスターダムへ
選手を待つコアなファン。 ビゼンテ・カルデロン・スタジアム

マドリードにて
2006年12月17日に撮影
F・トーレス

昨晩のユーロの決勝は、F・トーレスのゴールでスペインが優勝。
やっぱり、スターダムに躍り出てきましたねぇ。

思い出すこと、2年前。
当時、F・トーレスはスペインのアトレチコ・マドリードというチームに所属していました。

マドリード滞在中、チケットを求め"日中"にアトレチコのスタジアムへ(試合は夜です)。
チケットを買い、球場を一周すると、選手のバスが留まっていました。
何人かのコアなファンが、列をなしていました。

聞いてみると
「練習を終えた選手たちが、バスに乗り込んでくるよ」
という!!!

これならF・トーレスやアゲロのサインがもらえるな!!!

と、待ってみることにする。

10分経過・・・20分経過・・・30分経過・・・。

うーむ。なかなか出てこない。

海外旅行での30分間というのはかなり貴重なので、
あきらめてその場を後にしてしまいました。

もうちょっと待っていて、F・トーレスのサインを貰っていたら
昨日の決勝戦を観る視点は、かなり違ったものになっていたのかも。

F・トーレスを身近で見たとか、握手したとか、サインもらったとか、
何らかのコミュニケーションを取っておいたならば
それだけで、人生が豊かになったわけで・・・。



2008年4月20日(日)

青梅福祉まつりホームページのすすめ

2008年3月23日(日)の青梅福祉まつりに参加した感想です。

当日の僕は、焼き鳥の会計を担当しており、息つく暇もない状態。
そんな中、まわりを見渡してみると、『よさこい音頭』や『高校生のブラスバンドにダンス』、 『わくわく動物ランド』に『各種団体のにぎやかな出店』。お客さんも次から次へと会場へ雪崩れ込む・・・。
福祉まつり全体が息つく暇もないほど活気に満ち溢れていました。
こういう雰囲気、大好きです。

ここでしばし前日の夜に戻ってみましょう。
「いよいよ明日は、青梅福祉まつり。どんな出店、イベントがあるのだろう?」
とパソコンを開き、Yahoo!(インターネット) で『青梅福祉まつり』と検索。
僕ら若い世代!?にとっては、ごく一般的な情報入手の方法です。
しかし・・・福祉まつりに関する情報は、青梅市のホームページに付随する形で『日時と会場』のお知らせのみ。
もったいない!!!こんなに楽しい祭りなのに、事前のアピールが足りないのではないかな。
『各参加団体の出店情報』や『当日のプログラム』を事前にホ ームページで公開しておくべきです。広報活動は大事です。

そしてさらなる可能性として、各団体のプロフィール・目指しているもの・抱えている問題を伏せて載せたらどうでしょう。 青梅市の福祉の現状と課題がホームページという一点に集まります。すると青梅市の福祉のあるべき将来像が見えてくるかもしれません。

ホームページを作るには、作成技術はもちろんのこと、各団体を取材してまわって編集して・・・といろいろあるわけで。さて誰が作るか?(って僕かな(笑)) といったことが僕の頭の中をよぎった2008年3月23日の青梅福祉まつりでした。



青梅福祉まつり 会場の様子(2008年3月23日)



2008年4月17日(木)
夢は青梅市にサッカー専用のスタジアム!!!

構想は以下のとおり!

河辺駅北口も着々と工事が進んでいますね。 ということで、サッカー場の建設地が決定しました(僕の中で(笑))
私の母校・霞台中学校をサッカー場に改築します。
名づけて「青梅霞台スタジアム!!!」 青梅FCのホームスタジアムにします。
アルゼンチン・リバープレートのように、スタジアムと学校が融合した複合施設にします。
当然、青梅市で育ったサッカーの上手い子たちが、青梅FCに集まってくる組織も整備します。(ガンバ大阪みたいにね)

・日本初の複合施設(スタジアム+学校)で、各マスコミに取り上げられ、青梅の知名度上昇は間違いなし!!
・霞台中学校の体育の授業はサッカー(青梅FCの選手の指導)。
・サッカーの選抜クラスも用意。
・霞台中学校の卒業生(+その家族)は、青梅FCのサポーターになるしかないでしょう!!!

ex) サッカー専用のスタジアム建設後の週末のイメージ
土曜日に、渡辺美里スーパーライブin青梅霞台スタジアム
日曜日は、「青梅FC vs 浦和レッズ」で青梅FCがレッズを撃破!!!

なんて展開になったら、大盛り上がり間違いなし。
土曜日・日曜日の河辺駅前は人で溢れかえり、東急、西友、その他の店々は大繁盛。
今の河辺駅北口開発は決して無駄にはなりません!!!


サッカー場建設予定地(スタジアムと学校が融合した複合施設)


現在の霞台中学校


改築後のイメージ。青梅FCのホーム「青梅霞台スタジアム」
原案はかつて稲本所属のフラムFCホームスタジアム
ロンドン旅行の際に観戦してきました。
すばらしい環境!!!

※これから実現に向けて策を練っていきましょう!
※資金集めが最重要課題
僕が生きているうちに青梅FCのJリーグ制覇を実現してみせる!!!




2007年11月25日(日)

元ドイツ代表サッカー選手と遭遇!?


先日、渋谷・神泉駅近くの開花屋に行きました。
http://www.kaikaya.com/

新鮮な魚を、ややエスニック風にした料理が人気なのか、店内の55%くらいは外国人で埋まっていました。「ここは外国か!!!」という雰囲気です。

楕円型の大型テーブルを囲む感じで、僕の手前では、ドイツ人と日本人の男性ペアが、ドイツ語で静かに語りあっており、 左側では、アメリカ人男性1人とバリの女性2人の3人組が、英語でガヤガヤと話をしていました。

この3人組が、「おいしい料理はどれなの?」と“ドイツ語ペア”と”僕”に声をかけてきまして、自然と会話が始まりました。

ドイツ語の日本人の方は芸術家で、ドイツに約8年間ほど住んているという。そして、隣のドイツ人を指して「彼は元サッカー選手だよ。ナショナルチームのね」 と発言。

「ええっ!!!」
外見から推定される年齢として、この世代のドイツ代表選手は・・・。 マテウス、クリンスマン、ブレーメ、ブッフバルト、メラー、リトバルスキーの顔は思い浮かぶが・・・。目の前にいるドイツ人はわかならい・・・。

アメリカ人が「お名前は?」と聞くと「トーマス!!!」って答えていました。

「トーマス??? ダメだ聞いたことが無い・・・」

記憶しておき、帰宅してからネットで調べたら、トーマス・ヘスラー選手でした!!!
MFの選手だよ〜。 「ヘスラー」って言ってくれたら分ったのに・・・。
ううぅ〜。サインを貰っておけばよかった・・・。

トーマスさんは、日本に来たら必ずこの店でご飯を食べるのだそうだ。
次に行くときは、サイン色紙を持っていくことにしよう!!!


※この店は、カペッロ監督も来日した際に来ているそうです。



2007年11月18日(日)

東京国際女子マラソン

東京国際女子マラソンを見に行きました。
このレースの最大の見所である最後の坂を上りきったあたりの四谷駅近くに行きました。

その沿道で隣り合わせになったオバちゃん2人組に、ワンセグでレースの状況を見せてあげることに。
何故だか、かなりの意気投合。 毎年この場所で応援しているという。

四谷駅近く、ワンセグテレビを片手に待つ

ワンセグを見ていると、確実に僕のいる地点に、野口選手が近づいてくる。

いや〜。ドキドキでしたね。

そうこうしているうちに、先頭車両が見えてきて、野口選手がトップで通過!!!
野口選手、トップで通過!!!

隣のオバちゃんたちは、僕らの沿道の近くでは最大級の大声で
「野口ガンバレー!!!!!!!」 と叫んでいました。

絶対にテレビのマイクに拾われているはずです。

初めて沿道でマラソンを見たのですが、なんといったらいいのかな。
目の前を通り過ぎるのは一瞬ですが、その一瞬の光景を目にすることは、
「テレビでスタートからゴールまでジックリと鑑賞すること」
とは全く違ったスリル感・ドキドキ感がありました。
(想像力が掻き立てれらるのかな?)

野口選手が走り去った後、隣のオバちゃんは
「やみつきになるの、わかるでしょっ!!!」と大興奮状態。

外国人選手、渋井選手と通り過ぎ、キリのいいところで、
「来年もこの場所で会いましょう!!!」
とオバちゃんたちと約束して、四谷を後にしました。

※ちなみに僕は、野口選手と同じ大会に出場したことがあります。
って青梅マラソンです!!!




2007年11月12日(月)

「青梅ふれあい将門まつり」

安部晴明について調べたところ・・・。
「晴明は、平将門の子の平将国である」という説もあるそうです。
またしても平将門が登場!!!

そして、ご本人が妖術使いっポイ荒俣宏さんによると・・・

徳川家康・秀忠・家光につかえた大僧侶・天海は、
平将門を祭った寺を、江戸と各地を結ぶ五街道の始点に建立。
平将門を江戸(=東京)の守り神として、結界を張ったという。

「天海は、江戸(=東京)を風水・陰陽道的に完璧な都市に作り上げた」というのだ。

この試みは、桓武天皇、以来、京都で実践されている。
それゆえ完璧な風水・陰陽道のためか、京都は一度も壊滅状態に陥っていない。

それに対して東京は、『関東大震災』、『東京大空襲』を経験。
2度も壊滅を経験している。
その前兆として、「将門の結界が破られていた」というウワサもあるほどである。

そこでフト考えてみる・・・。

平将門がキーになっていると思いませんか???

青梅の由来は、平将門の伝説の梅!!!
そして、東京を東西に流れる大動脈と言ったら、『青梅街道』しかないでしょう!!!
青梅街道の始点が新宿であり、終点が私たちの青梅。
青梅街道の両端に、平将門を祭るシンボルを建て、
東京の結界を強固なものにしてはいかがでしょう?

プロセスとしては、

@青梅の発祥となった「将門伝説の梅」から分けられた枝を河辺駅前に植えます。
それと同時に、平将門像を駅前に建ててもいいでしょう。

A風水・陰陽道からみて、最適な日時に、開眼式をします。
青梅市民全員集合!!!

Bそして、年一回、青梅という地名の生みの親である平将門を祭るのです。
名づけて「青梅ふれあい将門まつり」!!!

「青梅ふれあいまつり」といいながら、現在のところ、”祭る対象”がありません。
近代合理主義が蔓延するこの御時世。
陰陽道といった非合理的(?)な要素も取り入れていけば
盛り上がること間違いなし!!!




2007年10月29日(月)
今後の個人的な興味

@『ローマ人の物語』(塩野七生)を読破する。
 →現在ハードカバー12巻目。
A幕末について調べる。
 →もう一度復習したい。
B陰陽師について調べる。
 →映画「陰陽師」を鑑賞してはまった!!!野村萬斎は役にはまりすぎ!!!本人が妖怪っぽい荒俣宏さんの本(『帝都物語』など)をゴッソリと買っておきました。
C平将門に関する文献を読む。
 →青梅の由来は『将門が金剛寺に植えた梅』が発祥。青梅市民として、平将門に感謝し、また将門について勉強することは必須だと思う(笑)。
『将門が金剛寺に植えた梅』・青梅の由来



2007年10月16日(火)

イタリア・セリエA観戦
ACミラン&インテルのホームスタジアム・サンシーロに行ってきました。
インテルvsナポリを観戦(2007年10月6日)。2-1でインテルの勝利。
サンシーロ・スタジアム(ミラノ) クルスのゴールで先制!
フィーゴのコーナーキック イブラヒモビッチ

スタジアム内は物凄い熱気でした。いや殺気立っているといった方がいいでしょうか。

こういう雰囲気・サッカー熱をぜひとも青梅にも沸き起こしたいですね。

青梅には、『青梅FC』という西多摩地区では郡を抜く実力のサッカークラブがあります。
数年前には、「関東リーグで優勝し、JFL→J2へ」という話もありました。

しかし、いかんせん一番の課題は、青梅市にサッカーの試合のできる芝生のグラウンドがないということです。
今年も関東リーグ(ホーム&アウェーの総当り)を戦ったのですが、ホームスタジアムを持たない青梅FCは、ホームゲームといいながらも、「茨城の流通経済大グラウンド」や「市原のグラウンド」で試合を行うことを強いられました。
選手&サポーター共々大変です。
僕も応援に行くの大変でした。(が、やっぱりサッカーは面白い!)
青梅FC・茨城の流通経済大で試合 青梅FC・市原スポレクで試合

「青梅ふれあいまつり」に、青梅FCも絡んでもらって、青梅FCの知名度を浸透させたいですね。
「ふれあい」をテーマに、青梅市中のいろんな団体が交流を持てる祭りになればいいなと思っています。




2007年10月9日(火)

イタリアから帰国。
帰国しました。海外旅行に行くたびに思うのですが
本当に「日本は良い国」ですね。

さて、写真を整理しつつ、「まつり」に絡んだ日記を書きたいと思います。



2007年9月29日(土)

イタリアに行ってきます。
今日から10月8日(月)まで
イタリア(ローマ→フィレンツェ→ミラノ→ヴェネツィア)に行ってきます。
旅の途中で、『青梅ふれあいまつり』の参考になるような事象があったら、
帰国後に写真を踏まえて報告します。




2007年9月26日(水)

『ふれ愛観音』様を河辺駅前へ!
京都の清水寺を訪れると・・・そこには『ふれ愛観音』様がいらっしゃいました。
実行委員会に関わっていなかったら、普通に通り越してしまうところでしたね。
この『ふれ愛観音』様は、全国の至る所にいるそうです。
そこで…『青梅ふれあいまつり』の開催にあたり、マスコット的存在として、河辺駅前にいていただけたら楽しいのではないかと思いまして、写真を撮って来ました。
さて、手続として、どこに頼めばいいのだろう?
清水寺のこの位置で振り返ると… ふれ愛観音様がいます



2007年9月21日(金)

ホームページ開始
ホームページは、一昨日(2007/9/19)作ったばかりです。
これから、いろいろとコンテンツを考えてupしていきます。 取材もしたいですね〜。
青梅市民のあなた!!!青梅に関係するあなた!!! どこかでお会いした際は、ネタをくださいっ!

完全・ボランティアの無償作業ですが、楽しそうなので、このまま来年の夏までやれるところまでやってみたいと思います。

明日から3日間・京都旅行に行ってくるので、更新(というか中身の準備)は、火曜日からになります。







Copyright (C) 2007- Ome-FureaiMatsuri All rights reserved.